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横浜地方裁判所 昭和50年(ワ)1297号 判決

原告 得天観光有限会社

右代表者代表取締役 石川得天

右訴訟代理人弁護士 森英雄

同 宮本亨

同 武真琴

同 橋本欣也

被告 ジョン・トーマス・レダー

主文

一  被告は、原告に対し、金三五〇万三五三三円及びこれに対する昭和五〇年九月二八日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを三分し、その一を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

四  この判決は、原告勝訴の部分にかぎり、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、金五一七万六三四〇円及びこれに対する昭和五〇年九月二八日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は、被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は、原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  (当事者)

(一) 原告は、昭和五〇年五月の後記浸水事故(以下本件事故ということがある。)当時、別紙物件目録記載の建物(以下本件建物という。)のうち、和光ビル株式会社(以下和光ビルという。)所有の遊戯場兼居宅一階部分四六五・八九平方メートル(以下本件店舗という。)を賃借し、そこでパチンコ店(以下本件衣笠店ということがある。)を経営していた有限会社(以下原告会社という。)である。

(二) 被告及び髙間玖爾美ほか二〇名(以下髙間らという。)は、本件事故当時、本件建物の二階以上の部分を区分所有し、後記地下受水槽(以下本件受水槽という。)を共有し、おそくとも昭和四九年六月から和光会なる名称の団体を結成して占有管理していた者である。

2  (本件受水槽の概要)

(一) 被告及び髙間らが、本件事故当時使用していた水道の水は、市営水道本管から配水管で本件店舗北東端の地下にコンクリートを打ちこれに固定して埋設設置されていた本件受水槽(長さ六・七〇メートル、巾二・五五メートル、深さ約二メートル)に導かれ、いったんここに貯えられてから屋上の高架水槽に揚水され、そこから各戸に給水されていた。

(二) なお、原告会社が本件衣笠店で使用する水道の水は、被告及び髙間らとは別に、市営水道本管から直接配水管で給水されていたから、原告会社では、本件受水槽を使用していなかった。

3  (本件事故の発生)

(一) 昭和五〇年五月二三日の深夜から翌二四日午前六時ころの間にかけて、本件受水槽のフロート(水面に浮いた中空の球と水道栓とが結合していて、受水槽中の一定の水位まで水が達すると球が上昇して水道栓が自動的に閉じ給水を停止する装置)が故障したため、水道栓から受水槽へ際限なく水が流れ込み、その結果、受水槽から溢れ出た水は、本件店舗内へ流れ出し、店舗中央通路部分の床面にある地下機械室への降り口から同機械室へ流れ込み、これを満たし、更に、店舗前の公道まで流れ出した。

(二) その結果、地下機械室のパチンコ玉貯蔵タンクと玉磨機二台、玉捲上リフト(玉磨機で磨かれたパチンコ玉を各パチンコ機械へ自動的に配給する装置)が水に浸って使用不能の状態となった。

4  (損害の発生)

原告会社は、本件事故により、次のとおり合計金八〇四万六三四〇円の損害をこうむった。

(一)(1) 原告会社は、本件事故の結果、昭和五〇年五月二四日(土曜日)と翌二五日(日曜日)の二日間店を閉め、店舗内等の排水に努めるとともに、大伸工業株式会社(以下大伸工業という。)に注文して、玉磨機及び玉捲上リフトの部品交換及び修理をなさせた。

(2) そこで、原告会社は、右五月二四日、二五日の二日間本件衣笠店の営業を休んだため、一日分金三〇万円として合計金六〇万円の営業利益を喪失し、右同額の損害をこうむった。

(3) また、原告会社は、大伸工業に玉磨機等の部品交換及び修理費として金四八万六七〇〇円を、右運搬費として金五万五一四〇円を支払い、右同額の損害をこうむった。

(二)(1) 原告会社は、本件事故によりパチンコ玉七〇万個が冠水して錆玉となったので、新規にパチンコ玉六五万個を不二鋼玉商事に注文するとともに、本来は本件衣笠店の営業が不可能な状態にあったが、休業を続けることによる損害の拡大を防ぐため、やむなく右錆玉を使用して同年五月二六日から営業を再開した。

(2) 同年五月二六日から新玉が納入された六月一一日の前日の六月一〇日までの錆玉を使用して営業した一六日間の本件衣笠店の営業成績は、売上が平常の半分にとどまったから、原告会社は、その間一日につき金一〇万円、一六日間で合計金一六〇万円の営業利益を喪失し、右同額の損害をこうむった。

(3) 原告会社は、不二鋼玉商事に対し、六五万個の新玉代金として一個当り金二円四〇銭(新玉は一個当り金二円八〇銭だったが、錆玉一個当り金四〇銭で下取りしてもらったから、実質的出捐は一個当り金二円四〇銭となる。)合計金一五六万円を支払い、右同額の損害をこうむった。

(三) 原告会社は、本件事故により、本件店舗の地下機械室が浸水し玉捲上リフトのバケットを通じて水がパチンコ機械内部にまで入り合板製の裏板が水損したため、これが取替を余儀なくされ、昭和五〇年七月上旬株式会社三洋物産から、パチンコ機械一四四台(一台金二万三五〇〇円の手動式のもの一二八台及び一台金四万二〇〇〇円の電動式のもの一六台)を買入れ、合計金三六八万円を支払い、右同額の損害をこうむった。

(四) 原告会社が本件店舗にパチンコの景品用として保管していた商品のうち、明治クッキービスケット二〇箱(市価一箱当り金二〇〇円、合計金四〇〇〇円)、明治キャラメル一四四〇箱(同一箱当り金四〇円、合計金五万七六〇〇円)及びトイレットペーパー一〇〇ロール(同一ロール当り金二九円、合計金二九〇〇円)が本件事故により水に浸って廃棄処分を免れなくなり、原告会社は、右同額の合計金六万四五〇〇円の損害をこうむった。

5  (責任原因)

本件事故は、次のとおり被告及び髙間らの責に帰すべき事由によって惹起されたものである。

(一) (土地の工作物の設置・保存の瑕疵)

(1) 本件受水槽は、前記2(一)の構造を有し、前記3(一)の付属自動受水停止装置のフロートと一体のものとして土地の工作物に当り、前記1(二)のとおり被告及び髙間らは本件事故当時、これらを所有し、かつ占有していた。

(2) 本件受水槽の設置・保存には、本件事故当時、次の瑕疵があった。

(イ) 本件受水槽のフロートは、本件事故当時、構成部品の損耗ないし錆やゴミの付着等によって受水停止機能が十分作動しなかった。

(ロ) 本件受水槽の周囲には、本件事故当時、受水槽からの万一の溢水の場合に備えての本件店舗内への水の流入を防ぐ仕切堰や溢水した水を建物外へ排出する余水排出口の設備がなかった。

因みに、被告及び髙間らは、本件事故後はじめて本件受水槽の周囲に右仕切堰や余水排出口を設置した。

(二) (本件受水停止装置の保守点検の懈怠)

仮に、被告及び髙間らに、土地の工作物の責任が認められないとしても、前記自動受水停止装置のフロートは、ある程度の期間使用することによって故障を生じやすいものであるから、被告及び髙間らは、常にその保守点検をなし正常な受水停止機能の維持に努め、もって、未然に溢水事故の発生を防止すべき注意義務を負っていたのに、これを怠った過失により本件事故を惹起した。

6  (結論)

よって、原告会社は、被告に対し、不法行為に基づく損害賠償請求として、金八〇四万六三四〇円のうち、髙間らから弁済を受けた金二八七万円を控除した残額金五一七万六三四〇円及びこれに対する本件不法行為後である昭和五〇年九月二八日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1(一)  請求原因1(一)の事実は知らない。

(二) 同1(二)の事実のうち、被告及び髙間らが、本件事故当時、本件受水槽を占有管理していた事実は否認し、その余の事実は認める。

本件受水槽は、本件事故当時、和光ビル及び原告会社の占有管理下にあったものである。

2(一)  同2(一)の事実のうち、本件受水槽の大きさについては知らない。その余の事実は認める。

(二) 同2(二)の事実は認める。

3(一)  同3(一)の事実のうち、原告主張の日時に本件受水槽の受水停止装置のフロートが十分作動せず水道栓から受水槽へ際限なく水が流れ込み、その結果、受水槽から溢水する事故が発生した事実は認め、その余の溢水の程度については知らない。

(二) 同3(二)の事実は知らない。

4(一)  同4(一)の事実は知らない。

なお、玉磨機等の部品は、本件事故当時、当然の交換時期にあったもので、また、五月二四、二五日の休業は、パチンコ機械の当然の入替時期に当っており、通常の機械の入替でも二日間の休業は必要であったから、これらの部品交換費ないし休業損害は、いずれも本件事故と因果関係がない。

(二) 同4(二)の事実は知らない。

なお、本件事故で冠水し錆玉となったというパチンコ玉は、当時、当然の交換時期にあったもので、その購入代金の出捐は本件事故と因果関係がない。

(三) 同4(三)の事実は知らない。

なお、本件事故により水が入って取替を余儀なくされたというパチンコ機械は、当時、当然の取替時期にあったもので、その購入代金の出捐は本件事故と因果関係がない。

(四) 同4(四)の事実は知らない。

5(一)(1) 同5(一)(1)の事実のうち、被告及び髙間らが、本件事故当時、本件受水槽を占有管理していた事実は否認し、その余の事実は認める。

(2) 同5(一)(2)冒頭の事実は否認する。

(イ) 同5(一)(2)(イ)の事実のうち、本件事故当時、本件受水槽のフロートの受水停止機能が十分に作動しなかった事実は認め、その余の事実は否認する。

被告及び髙間らは、昭和五〇年二月末、専門業者である鈴鹿建設株式会社(以下鈴鹿建設という。)に本件受水槽の清掃及び点検を依頼し、同人はこれを行なっており、右受水槽の設置・保存に瑕疵はない。

(ロ) 同5(一)(2)(ロ)の事実のうち、本件事故当時、本件受水槽の周囲に仕切堰や余水排出口の設備が備わっていなかった事実は認める。

しかし、右設備が備わっていなかったことは、本件受水槽の設置・保存上の瑕疵に当らない。

(二) 同5(二)の事実は否認する。

前述のとおり被告及び髙間らは、鈴鹿建設に本件受水槽の清掃及び点検を行なわせているから、その保守点検につき注意義務の懈怠はない。

三  抗弁

1  (過失相殺)

原告会社には、本件事故による損害の発生及び拡大につき次の過失があるから損害の算定にはこれを斟酌すべきである。

(一) (防水設備を欠く地下機械室の設置)

原告会社は、本件衣笠店店舗の地下に機械室を設置しその降り口を店舗床面と同一平面にしながら、店舗床面の流水が地下機械室へ流れ込むのを防止する堰など何ら防水設備を講じなかった。

(二) (錆玉使用による営業継続)

原告会社は、昭和五〇年五月二六日からあえて錆玉を使用して営業を再開継続した自らの過失により、パチンコ機械全部の入替を余儀なくされ、損害を拡大する結果を招いた。

(三) (受水槽室への景品の貯蔵)

原告会社は、トイレットペーパー、明治クッキービスケット、明治キャラメルなどの水損のおそれのある景品を、本件受水槽の間近の溢水により直ちに浸水の危険のある場所に貯蔵していた。

2  (損害の分担)

仮に、被告及び髙間らに本件受水槽の占有があったとしても、原告会社及び和光ビルも右受水槽を共同して占有していたから、公平の観点からみて、原告会社に生じた損害のうち、被告及び髙間らの負担すべき部分は三分の一にとどまる。

3  (期待可能性の欠如)

本件建物は、もと和光ビルが建設し所有していたところ、昭和四七年ころから被告及び髙間らに二階ないし四階の住居部分が分譲されたものであるが、和光ビル側では共有部分は分譲していないと強く主張しており、被告及び髙間らに本件受水槽の周囲に請求原因5(一)(1)(ロ)の仕切堰や余水排出口を設置することを求めるのは期待可能性を欠く。

四  抗弁に対する認否

1(一)  抗弁1(一)の事実は認める。

しかし、地下機械室への降り口に防水設備を施さなかったことは、過失相殺の対象となる過失に当らない。

(二) 同1(二)(三)の事実はいずれも否認する。

2  同2の事実は否認する。

3  同3の事実は知らない。

第三証拠《省略》

理由

一  (本件事故の発生)

1  当事者間に争いのない事実

(一)  請求原因1(二)の事実のうち、被告及び髙間らが本件事故当時本件受水槽を占有管理していた事実以外の事実

(二)  請求原因2の事実のうち、本件受水槽の大きさ以外の事実

(三)  請求原因3(一)の事実のうち、昭和五〇年五月二三日の深夜から翌二四日の午前六時ころの間にかけて、本件受水槽の受水停止装置のフロートが十分作動せず水道栓から受水槽へ水が際限なく流れ込み、その結果、受水槽から溢水する事故が発生した事実

2  《証拠省略》及び前記当事者間に争いのない事実を総合すると、

(一)  本件事故当時、本件建物のうち本件店舗は和光ビルが所有し、原告会社がこれを賃借して衣笠会館の名称でパチンコ店を経営しており、二階以上の部分は被告及び髙間らが区分所有し、また、本件受水槽は被告及び髙間らが共有していた、

(二)  本件受水槽は、長さ六・七〇メートル、巾二・五五メートル、深さ約二メートルの大きさで、本件店舗北東端に、その上蓋が一階床面と同じ高さの状態で地下にコンクリートを打ち、これに埋設設置されており、被告及び髙間らが使用する水道の水は、市営水道本管から配水管で本件受水槽に導かれ、いったんここに貯えられてから屋上の高架水槽に揚水され、そこから各戸に給水されていた(なお、原告会社が使用する水道の水は、被告及び髙間らとは別に本件受水槽を経ず市営水道本管から直接配水管で給水されていた。)、

(三)  昭和五〇年五月二三日の深夜から翌二四日の午前六時ころの間に、本件受水槽の受水停止装置のフロート(水面に浮いた中空の球と水道栓とが結合していて受水槽中の一定の水位まで水が達すると球が上昇して水道栓が自動的に閉じて給水を停止する装置)が異物が挾まる等の原因で十分作動しなかったため、水道栓から受水槽への給水が停止せず際限なく水が流れ込み、その結果、受水槽から溢れ出た水は、本件店舗内へ流れ出し、店舗床面を川のようになって流れ、店舗中央通路部分の床面にある地下機械室への降り口から同機械室へ流れ込んでこれを満たし、更に、店舗前の公道にまで流れ出した、

(四)  このように地下機械室に水が充満したため、同機械室に設置されていたパチンコ玉貯蔵タンク、その中のパチンコ玉、玉磨機二台、玉捲上リフト(玉磨機で磨かれたパチンコ玉を各パチンコ機械へ自動的に配給する装置)が水に浸って電気系統などに故障を生じ使用不能の状況となった、

以上の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

二  (責任原因――本件受水槽の設置・保存の瑕疵)

1  当事者間に争いのない事実

(一)  本件受水槽は原告主張のとおりの構造を有し、付属自動受水停止装置のフロートと一体となっていた事実、本件事故当時、右フロートを含む本件受水槽が被告及び髙間らの所有に属していた事実

(二)  本件事故当時、本件受水槽のフロートの受水停止機能が十分作動していなかった事実

(三)  本件事故当時、本件受水槽の周囲には、受水槽から溢れ出た水が本件店舗内に流れ込むのを防ぐ仕切堰や溢れ出た水を建物外へ排出する余水排出口が存在しなかった事実

2  本件受水槽の占有管理について

《証拠省略》を総合すると、

(一)  本件建物は、昭和四二年八月ころ和光ビルが建築し所有していたが、昭和四六年一〇月ころから昭和四七年初めころにかけて一階の店舗部分を除く二ないし四階の住居部分が被告及び髙間らに分譲され、同人らは、本件事故当時、その区分所有者として各専有部分を所有し、本件受水槽など共用部分を共有していた、

(二)  本件受水槽など共用部分の管理については、分譲当初から昭和四九年四月ころまでは和光ビルが区分所有者らの委託を受けてこれに当っていたが、管理費の値上げについての折合がつかず、結局同年五月ころからは、被告及び髙間ら区分所有者らが、和光会なる団体を組織して管理をしていた、

(三)  和光会では、塚越幾代子を管理人に委嘱して共用の階段、廊下部分の清掃等に当らせ、電気関係設備の保守、管理は五十嵐清に、本件受水槽の清掃・点検等は鈴鹿建設に委託してこれを行なわせており、鈴鹿建設は和光会の委託により昭和五〇年二月ころ本件受水槽の清掃・点検を、同年三月ころ本件受水槽中の揚水ポンプ取替工事を行なった、

(四)  なお、本件受水槽は、本件建物一階北東端の二階に通ずる階段下の原告会社の本件衣笠店店舗奥に受水槽上部蓋面が一階床面に一致するように地下埋込式で設置されていて、そこに到るにはパチンコ店のカウンターをくぐって木製片開き戸を通らなければならないが、本件事故以前には施錠等の設備はなく、前記塚越や鈴鹿建設の佐藤善哉らは原告会社の従業員に断って自由に出入できる状況にあった、

以上の事実が認められ(る。)《証拠判断省略》

右認定の事実によれば、本件事故当時、もっぱら被告及び髙間らが本件受水槽を占有管理していたことは明らかである。

3  以上の事実によれば、本件受水槽付属自動受水停止装置のフロート、本件受水槽の周囲の受水槽から溢れ出た水が他室へ流入することを防止する仕切堰、溢れ出た水を外部へ排出する余水排出口は、いずれも本件受水槽と一体の受水槽設備として土地の工作物に該当するものと解すべきであり、そして本件事故当時、受水停止装置のフロートの作動が不十分であったこと、そのため本件受水槽に水が際限なく流れ込み受水槽外へ溢れ出したこと、本件受水槽の周囲には、溢れ出した水が本件店舗へ流入することを防止する仕切堰や溢れ出た水を室外へ排出する余水排出口の設備が存しなかったことに照らして、本件受水槽設備は、右設備が当然備えるべき性状を欠き、その設置・保存には瑕疵が存したものというべきである。

よって、被告は、前記のとおり本件受水槽を所有し、かつ占有する者として、本件事故によって原告会社がこうむった損害を賠償しなければならない。

三  (原告会社のこうむった損害)

進んで被告の負担すべき本件事故による損害賠償額について検討する。

1  《証拠省略》を総合すると、

(一)  原告会社は、本件浸水事故のため、昭和五〇年五月二四日(土曜日)と翌二五日(日曜日)の二日間、本件衣笠店の営業を休み、店舗内等の排水に努めるとともに、地下機械室内の水浸しになった玉磨機、玉捲上リフト等の修理、及び、玉磨機モーター二台、玉磨機キャンバス二張り、リフトチェン等の部品交換を大伸工業に依頼してなさせ、そのころ右費用として金四八万六七〇〇円を支払った、

(二)  本件衣笠店の本件事故前の昭和五〇年五月の土・日曜日、祝日における一日当りの平均売上高は金四九万一二四〇円、景品代は景品仕入原価を定価の八割五分、パチンコ玉一個を金二円と換算して(以下すべて同様とする。)金一七万八三九一円、電気代は金一万円、したがって利益は金三〇万二八四九円、平日における一日当りの平均売上高は金三四万六七七七円、景品代は金一四万六七三三円、電気代は金一万円、したがって利益は金一九万〇〇四四円であった、

(三)  原告会社は、本件事故により本件衣笠店の地下機械室に貯蔵されていたパチンコ玉約七〇万個が冠水して錆を生じたため、新規にパチンコ玉六五万個を不二鋼玉商事に注文し、右玉代金として一個につき金二円四〇銭(新玉は一個金二円八〇銭であったが原告会社は錆玉を一個金四〇銭の割合で下取りしてもらった。)六五万個で合計金一五六万円を支払った、

(四)  右新玉が原告会社の本件衣笠店に納入されたのは昭和五〇年六月一一日以降のことであったが、原告会社は、近隣の同業者に顧客を奪われることを防ぐため、やむなく、同年五月二六日から六月一〇日まで右錆玉を使用して衣笠店の営業を続けた。

この間の衣笠店の土・日曜日の一日当りの売上高は金二三万六五〇〇円、景品代は金一七万四九六四円、電気代は金一万円、したがって利益は金五万一五三六円、平日の一日当りの平均売上高は金一四万四七二〇円、景品代は金一一万五二六〇円、電気代は金一万円、したがって利益は金一万九四六〇円にとどまった、

(五)  原告会社は、本件事故のため、地下機械室が浸水し玉捲上リフトのバケットによってパチンコ機械内部にまで水が廻り、合板製の裏板が水損し釘が止まらない状態となり、修繕の余地がなかったため、パチンコ機械一四四台の廃棄、買替を余儀なくされ、右廃棄を余儀なくされたものと同型式の一台金二万三五〇〇円の手動式パチンコ機械一二八台及び一台金四万二〇〇〇円の電動式パチンコ機械一六台を買入れ、合計金三六八万円を支出した。

なお、原告会社が、本件事故により右廃棄、買替を余儀なくされたパチンコ機械は、昭和五〇年二月末ころ新規に買入れていたもので、その耐用年数は買入後約一年間であった。

以上の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

ところで、中古品市場が形成されていない動産が毀損され修繕の余地がなく被害者が新たに新品を調達した場合の損害額は、右動産の毀損当時の時価、即ち、新品調達価額から既使用期間に応じて定率法で減価償却した結果の額に、新品調達価額と右時価の差額に残存耐用年数期間の中間利息を乗じた額を加算したものと解するのが相当である。

けだし、損害賠償額は、被害者に被害がなかった場合と同じ状態を回復するに必要な金額をもって相当とするものであるところ、中古品の市場が形成されている中古の動産が毀損され修繕の余地がない場合には、毀損された動産と同種同等の中古品の市場価額が賠償すべき損害額に当り、これに対し、中古品の市場が形成されていない動産が毀損され修繕の余地がない場合には、被害者は新品を調達するほかはないが、そのうち毀損された中古動産の時価相当額はもとより損害額に当るが、これをこえる部分については被害者が新品調達を故なく早められたことによりこうむった損害、即ち、新品調達価額と中古動産の時価の差額に毀損時の動産の残存耐用年数分の中間利息を乗じた額に限って損害額に当るものというべきだからである。

これを本件についてみるに、本件事故により原告会社が廃棄、買替を余儀なくされたパチンコ機械には中古市場が存しないことは弁論の全趣旨から明らかであり、その新品調達価額は合計金三六八万円、耐用年数は一年、本件事故で廃棄を余儀なくされた右パチンコ機械の既使用期間は三か月であるから、一か月単位で定率法により減価償却を行なうと本件事故時の時価は金二〇六万六三二〇円である{(368万円×(1-0.175)3}こと、新品調達を早められたことによる中間利息は金六万〇五一三円であることは、いずれも計数上明らかである。

2(一)  右1(一)ないし(五)認定の事実によれば、原告会社は、本件事故により、昭和五〇年五月二四日(土曜日)、翌二五日(日曜日)の両日本件衣笠店の営業を休み一日当り少くとも金三〇万円、二日分合計金六〇万円の、同年五月二六日から六月一〇日までの一六日間やむなく錆玉を使用して営業し一日当り少くとも金一〇万円、一六日間で合計金一六〇万円の、それぞれ営業利益を喪失し、本件事故により水損した玉磨機、玉捲上リフト等の部品交換及び修理費等として金四八万六七〇〇円を、冠水して錆を生じたパチンコ玉の買替費用として金一五六万円を水損したパチンコ機械の廃棄、買替により金二一二万六八三三円をそれぞれ支出し、以上合計金六三七万三五三三円の損害をこうむったことが認められる。

(二)  しかしながら、玉磨機、玉捲上リフト等の部品交換、及び、修理関係の運賃金五万五一四〇円の支出については、これにそう前記甲第一号証があるものの、同証は、原告会社において任意に作成しうるものでしかも右運賃部分にかぎって他の部分と異なり請求書等の裏付資料を欠いていること、《証拠省略》中に既に運賃とか出張費とかの項目が存すること等に照して、右支出部分については措信しがたく、他にこれを認めるに足りる証拠はない。

また、原告会社が、景品用の明治ビスケット二〇箱、明治キャラメル一四四〇箱及びトイレットペーパー一〇〇ロールを本件店舗受水槽付近に貯蔵していて本件事故により浸水の被害を受けこれらを廃棄処分にした事実を認めるに足りる証拠はない。

四  抗弁について

1  抗弁1(一)(防水設備を欠く地下機械室の設置)について

(一)  抗弁1(一)の事実は当事者間に争いがない。

(二)  《証拠省略》によれば、パチンコ店の機械室は騒音等の関係で通常は地下に設置されていること、地下機械室への降り口は機械の点検等の便宜上店舗通路部分に設けられていて客が躓く危険があるので堰など段差を設けることは困難であること、パチンコ店の営業の態様、性格からみて店舗内で水を使用することもなく、店舗床面に大量の水が流れること自体考えられないことが認められるから、原告会社が、本件衣笠店の地下に機械室を設置したこと及び地下機械室への降り口の周囲に堰の設置など防水設備を施さなかったことは、原告会社の過失として過失相殺の対象とすることはできず、抗弁1(一)は理由がない。

2  抗弁1(二)(錆玉使用による営業継続)について

前記三認定のとおり、原告会社がパチンコ機械一四四台の買替を余儀なくされたのは、本件事故によって玉捲上リフトのバケットを通じてパチンコ機械内部に水が廻って合板製裏板が水損し釘が止まらなくなったためであって、錆玉を使用して営業を継続したためではないから抗弁1(二)も理由がない。

3  抗弁2(損害の分担)について

前記一、二認定のとおり、被告及び髙間ら本件建物の二ないし四階部分の区分所有者らは、昭和四九年五月以降本件事故当時まで、和光会を結成して同会の委嘱した管理人塚越幾代子もしくは鈴鹿建設に清掃・点検などを依頼して本件受水槽部分をもっぱら占有管理しており、他方、原告会社及び和光ビルは、本件事故当時、本件受水槽を占有管理していなかったのであるから、原告会社及び和光会の本件受水槽の共同占有を前提とする抗弁2も理由がない。

4  抗弁3(期待可能性の欠如)について

本件全証拠によるも、和光ビルが、被告及び髙間ら前記区分所有者らに共有部分である本件受水槽設備を分譲していないなどと主張した事実を認めるに足りず、抗弁3も理由がない。

五  以上によれば、その余の事実につき判断するまでもなく、原告会社の本訴請求は、金六三七万三五三三円から髙間らが原告会社に対して弁済した金二八七万円を控除した金三五〇万三五三三円及びこれに対する本件不法行為後である昭和五〇年九月二八日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余の部分は失当であるからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担及び仮執行の宣言につき民事訴訟法八九条、九二条及び一九六条に従い、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 下郡山信夫 裁判官 佐藤嘉彦 太田剛彦)

〈以下省略〉

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